ジャスティスの紹介

ゴールデンレトリーバー専門プロフェッショナルブリーダー&ハンドラー長久保秀子のサイトです

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INT-CH.ジャスティス

FOREVER GOLDEN JP CHIEF JUSTICE (M)

Sire:Am-Ch.Pulalis Peppercreek Dax
Dam:Am-Ch.Peppercreek Good Vibrations
1995/5/20-2009/12/17
K9-Data
OFA-Data

主な賞歴

1997年  FCIアジアインター  R-WD
1999年 北九州ゴールデンRクラブ  BISS
2000年  FCIアジアインター  BOB/G3
2001年  FCIアジアインター  BOB

代表直子

JKC-CH.CERGIO MENDES JP'S JUST FANCY  ファンシー


私と友人でショー会場で一目ぼれをし、スカウトをしたゴールデンがジャスティスでした。
ジャスティスは1歳半過ぎにセルジオケネルに入園しました。
当時のショーへ出てくるゴールデンとはまったくタイプが違っていて
カラーは濃い茶色、コートはきついウエーブがあって
顔は、私から見れば綺麗に(GRらしい顔と頭部)見えたのだが
多数の方からは、、、「田舎くさい、、ゴッツイ、、、顔がね、、」という風に
言われておりました。 、、、まっ、それも仕方ないとは思いました。
なぜなら、ジャスティスは当時のアメリカ最先端のタイプだったからです。
日本は今でこそ、アメリカのブリーダーとの信頼関係の中で良いタイプを
見る機会が多くなりましたが、当時の日本はまだそれほどではなかったのです。
とは言え、ジャスティスは健全な走りと安定感と自信に満ち溢れたフリーでのスタックで
スムーズにJKCCHは完成。
しかし、CHクラスでのキャンペーン開始より、思ったほど勝てない日が多く
特に日本人ジャッジには好まれなかったのです。

ちょうどジャストが5歳くらいになり、ちょうど牡としての油が乗ってきた頃
北九州にアメリカのトップハンドラーで、ゴールデンのスペシャリストでもある
マイケル・フォークナー氏がスペシャリティのジャッジで来るというのを知り
彼一頭を連れて勝負しに九州へ飛びました。
マイケルはゆっくり走れとどのハンドラーにも指示をしていて
私は動きがちゃんと見れるようにゆっくりと走らせる事を優先し
最後は得意のフリースタックで、見事に頂点であるBISSを獲得しました。

その後はアジアインターナショナルドックショーにおいても2年連続のBOBを重ねるなど
特に外国人審査員には好まれたゴールデンでした。

又ジャスティスの子孫はというとスタッドとしての機会が少なかったために
数は多くはなかったが、現在のセルジオメンデスケネルには
とても大きく貢献してくれた存在です。

私はジャスティスが大好きでした。
いつもジャスティスと走るときには自信満々でしたし、優越感もありました。
ジャスティスと出会えた事で本当に意味でのゴールデンを理解する事ができたと思っています。
私が理想としているゴールデンに限りなく近いゴールデンレトリーバーでした。


12歳のジャスティス
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justice21A.jpgjustice11A.jpgジャスト ナオミ
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